Vol.3 『宇宙色の鼻』料理長 大海貴仁


HOTTOPICではDAWN DISH PROJECTで働くメンバーを紹介していきます。

特集の第三弾は、『宇宙色の鼻』料理長の大海貴仁です。

プロフィール

大海貴仁 だいかいたかひと

新潟市西区出身。

1981年、元日本食の料理人である父、専業主婦の母の元に生まれ、1つ上の兄もまた新潟を代表とする老舗割烹『大直』の料理人。

幼い頃から父に食卓で料理の味を問われていたことをきっかけに食に興味を持つようになる。

東京の調理師専門学校を卒業後、皇室も訪れる栃木県古河市のレストラン兼結婚式場『ロイヤルホースライディングクラブ』へ入社。

その後、更なる技術を求めて東京『オテル・ドゥ・ミクニ』の門を叩き、3年後にはミクニグループ『ミクニマンスール』の副料理長に就任。

8年前地元である新潟に帰省。

兄の働く割烹で和食の技術を学び、現在は『宇宙色の鼻』にて料理長を務める。

新潟でこれほど凄い経歴を持つフレンチのシェフがいただろうか。

大海シェフ37歳。

在籍していた専門学校の副校長の紹介で、当時栃木県古河市にあった皇室も訪れるというレストランと結婚式場,会員制乗馬クラブを併設する大規模な施設で働き始めた彼だが、当時の過酷な下積み時代を語ってくれた。

そこはわずか9名で1日3000人の婚礼料理と昼夜のレストラン営業を同時にこなす繁忙な現場だった為、頭をフル回転させて自分で段取りを決めるしかなかった。

「とにかく1秒が惜しかった。聞いている時間もメモする時間すらないからメモはトイレの中で。飛び交うフランス語のせめて単語だけでもと覚えておくのに必死だった。」

と当時を振り返る。

先輩と二人で牛ヒレ肉の塊を1日200本捌いた事もあった。

観察力と作業のスピードを磨きながら、先輩と差を縮めていくためには自分からどんどん行かないと勝ち取れない世界という事にも気付いた。

まだ早いと怒られながら毎日頼み込みを続けた彼は、ホールから、洗い場→前菜場→ガテマン(冷静調理)のセクションを経て、メインを任される程になっと言う。

とにかく無我夢中の下積み時代は5年程続いた。

次に入ったのがフレンチの巨匠・三國清三シェフの店だった。

【フランス料理経験4年以上】その強気な募集条件に興味が湧き三國シェフとのタイマン面接を経て入社したが、流石は一流店。見たことのない食材に溢れ、出汁一つとっても原価が割れるほど良いものを使うこだわりに驚いたと言う。

フレンチのソースを学ぶと同時に”いい料理はいい食材から”と一番大切な事を教わったと話す。

後に『ミクニマンスール』の副料理長にまで登りつめた彼は、”料理長にならないか”との誘いを受けたことをきっかけに店を辞めてしまった。

なぜなのか?という疑問に「料理長になるとミーティングが増えるから嫌だった。」

と答える彼だが、純粋に料理を作る事を愛する彼らしい理由に妙に納得してしまった。

聞く時間もメモする時間もなかった彼には当時の写真は1枚もない。

残ったのは経験という名の武器と、ダンボール5箱分のレシピの書かれた資料だった。

そんな彼が今腕を振るう『宇宙色の鼻』は、名店ばかりが軒を連ねる新潟市中央区古町9番町にある。

席は8席のみの完全予約制。

デヴィット・スタンリー・ヒューエット氏の絵画が一際目を惹き、まるでギャラリーにいるかのような異空間だ。

料理人もアーティストと言わんばかりの見た目にも美しい料理を求めて県外からもお客が訪れている。

提供するのは3つのコースのみ。

季節ごとコース内容を変える店が多い中、かつての恩師,三國清三氏同様、素材にこだわる彼は”その時期その時期で旬の美味しい食材があるからこそ、その食材の持つ一瞬の輝きを提供したい”と言う思いから二ヶ月に一度のサイクルでコース内容を一新させている。

大変な作業だが「料理は仕事だから。」と話す彼はその努力を惜しまなかった。

彼のコース料理はどのようにして生まれるのか、その過程に迫っていこうと思う。

ーーーーー使う食材と仕入れる業者を決めるーーーーー

肉や魚以外取引き業者を抱えていない彼の店では、今=旬の使いたい食材が決まるとそれらをどこから仕入れるかまでを考えていく。

”いい料理はいい食材から”

かつての教えを受け継ぐかのように彼は食材の目利きをも自身で行っているのだ。

大切にしているのは生産者訪問。

ある日は阿賀野市のハチミツ生産者『八米ーHACHIBEIー』へ、またある日はブランドいちご「越後姫」の生産者である『安田興和農事』を訪れた。

丸一日休みの際は、佐渡の麹屋やルレクチェ農家、希少な品種の牛や豚,羊がいると知れば長野県の牧場までも足を運んでいた。

自分の目・舌で納得したものしか使わない彼は、現地で生産者の方とこれでもかと言うくらい会話をする。

”ただただ食材を使うのではなく、生産者の方がどのようにして作っているのか、どれだけ大変な思いをしてやられているのか自分はその方達の思いを乗せていかなければならない”

と言う使命感をも担っているからだった。

ーーーーーコースのテーマを決めるーーーーー

食材と仕入れ業者が決まると、コースのテーマを決めていく。

出会った食材にインスピレーションを受けながら辞書や本を片手に練っていくスタイルだが、コース料理専門店ゆえコースの一貫性を大切にする彼にとって最も頭を悩ませる作業だそうだ。

これまでに生まれたテーマは「温故知新」「大地のめざめ」「HATSUNATSU」....と独創的で多岐に渡る。

ーーーーーメニューを決め試作するーーーーー

使う食材とテーマが決まったらいよいよメニューを決める。

出会った食材を組み合わせて、さて何を作ろう.....

自宅で修行時代に学んだ技法やレシピの書かれた沢山の資料をヒントに部屋が散らかるくらい広げ考えると言うが、”人と同じもの,既に存在するメニューは作らない” とこだわりを持つ彼。ネットでヒットしようものならすぐさま辞めてしまう徹底ぶりだ。

メニューが決まれば後は得意分野。

頭の中でこれとこれをこの位合わせてこういう味になる.....とシュミレーションが出来ている為、焼かないと分からない肉の火入れとピザ生地以外、試作は一回。

なかなか味が決まらず試作に苦労するといったことは彼からは無縁のようだった。

思わず「なぜそんな事ができるのか?」と聞いてしまったが

「経験ですよ!経験としか言いようがない。」

と一言で返されてしまった。

この男、かっこいい!!

ーーーーー盛り付けは決めないーーーーー

「盛り付けは盛っている時に決めています。同じものはあまり作らない。作れと言われれば作りますよ、ただ作りたくない。つまらないから.....」

と語る彼はお客様それぞれに盛り付けを変えて提供するなど楽しんでいた。

盛り付けを決めないもう一つの理由は、もっといいものがある!と常に思っているからだった。

だから彼は自分の料理を美味しいと思ったことは一度もないと言う。

「もっと美味しいものが作れると常に思っているから。盛り付けも料理も自問自答なんですよ。」

と。

こうして出来た彼の渾身のコース料理を食べた事があるだろうか。

削りたての鰹節を添えたキノコのデュクセルスープと、竹墨入りのパン粉をまぶした里芋のクロケットは正に拘り抜いた素材の一皿。

召し上がったお客様から”忘れられない一皿だ”と賞賛の声があがっている。

しかし彼は”自分の作る料理を美味しいと言われるのは嬉しくない”とよく言う。

「美味しかったより、あれがしょっぱかった、あれはもう少し少ない方がいいと指摘される方が嬉しい。その方が改善点が見つかるから。」と。

どこまでもストイックな彼の一言だった。

”指摘してくれる人は貴重”と話す彼にとって不味いものは不味いと言ってくれる同じ料理人である兄の存在は大きい。

兄の勤める割烹の寮で暮らしている彼は、兄のくれる意見や少しのヒントをも逃すまいと毎日兄の店に立ち寄り挨拶する事を欠かさない。

兄を慕い、この日は新コースで使用する鰻の捌き方を教わっていた。

そして今叶えたい事が二つある。

一つは鶏肉をコースメインとして確立させること。

とても美味しい鶏肉だが、コース料理のメインとして日の目を浴びることはない。

特に新潟の人はメインは牛でないとという先入観と、鶏肉は安価だからあまり....という偏見が強いゆえ、そこを変えていきたいと言う。

コースは食べる流れや組み合わせでお客様が満足してくださることが大切であり、純粋に美味しいものをお客様にご提供したいというのが願いだった。

その為に日本のみならず、世界中から美味しい鶏肉を見つけている。

もう一つは、『Asia's 50 Best Restaurants』に選ばれること。

『Asia's 50 Best Restaurants』とは、世界中を飛行機で飛び回る食の識者が過去1年半に訪れたレストランの中で最も感動した店を選定していく、ミシュランとはまた別の称号なのだという。

任議員を任命するのは全国のチュアマン。

2019年版では日本は国別で最多となる12軒がランクインした。

(Foodistー食の世界をつなぐWebーより引用)

「自分の店が選ばれる為には、まずその方達に来てもらわなければならない。

その方達に来てもらうには、まずお店を知ってもらわなくてはならない。

その為には、まず予約でいっぱいになって知名度を上げる必要がある。」

と夢を語っていた。

自分の事を頑固で面倒臭い性格と言っていた彼だが、そのお人柄はわざわざ自宅からレシピの書かれた資料を持ってきてくれたり、私にまで『八米ーHACHIBEIー』のハチミツを食べさせてくれるほど優しく、情熱的な方だった。

少し親しくなったところで最後にもう一度、”大海シェフにとって料理とは何か?”と伺ってみた。

「料理とは仕事。」

彼から返ってくる答えは変わらなかったが、これだけ心奪われ夢中になれる仕事を持つ彼を羨ましいと思ってしまった。

夢中人、大海貴仁が貪欲に創り出す今までに食べた事のない新しいコース料理を是非一度味わってほしい。

彼に”美味しい”は禁句だが.....。


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